コンピュータの原理に触れるような感覚——加藤が幾何学(トポロジー)研究からTEEの世界へ進んだ理由

公開日:2026.10.21

数学、AI・数理最適化の領域を経て、現在はConfidential Computing(以下CC)の研究開発に取り組む加藤さん。なぜTEE(Trusted Execution Environment)という低レイヤー技術に惹かれたのか。これまでのキャリアやAcompanyでの研究開発を振り返りながら、研究と実装を行き来する面白さを語ってもらいました。

【プロフィール】

加藤 佑矢(Yuya Kato):CC Lab R&Dエンジニア

大学院博士課程で幾何学(4次元トポロジー・ゲージ理論)を研究した後、AIスタートアップに新卒入社。画像認識・物体検出モデルの開発やシステムエンジニアリングを経験し、その後株式会社エクサウィザーズにて数理最適化アルゴリズムの開発に従事。2023年、AcompanyにR&Dエンジニアとして参画し、暗号技術や合成データ領域のリサーチを経てCCの研究開発を担当。Confidential AI Suiteの初期プロトタイプ開発を主導したほか、現在はCC LabでリアルタイムシステムとTEEの融合をテーマとした研究に取り組んでいる。

数学博士課程から数理最適化、そしてCCへ

ー 加藤さんは大学院で数学の博士課程を経験された後、エンジニアの道に進んでいます。これまでの歩みについて教えていただけますか?

加藤:元々、大学院の博士課程で数学を専攻していました。数学の中でも「幾何学」、さらに細かく言うと「4次元のトポロジー」という領域です。物理学の素粒子論などに登場する「ゲージ理論」という理論を使って、4次元空間の複雑な微分構造を研究していました。ただ、研究を続ける中でビジネスの世界への関心が高まり、博士課程の途中でエンジニアの道に進みました。

新卒ではAIの物体検出モデルの開発や一般的なシステムエンジニアリングを経験しました。その後、エクサウィザーズへ転職し、アルゴリズム開発や数理最適化エンジニアとして顧客の課題解決に従事していました。

Acompanyと出会った直接のきっかけは、エクサウィザーズ時代にプロジェクトを共にしていたメンバーからの紹介です。「面白そうな会社がある」と紹介していただいたのが最初でした。

ー AIや数理最適化のキャリアを持ちながら、なぜ最終的にCCという領域を選んだのでしょうか?

加藤:選考の過程で社内の雰囲気や人に惹かれたのはもちろんですが、最大の動機は「技術的な深度」です。ちょうど私が転職を考えていた2022年から2023年頃は、ChatGPTなどの生成AIが台頭してきた時期でした。それまで自分が取り組んでいた数理最適化や競技プログラミング的なアルゴリズム構築の領域も、近い将来AIによって自動で解けるようになっていくのではないか、という危機感を覚えたんです。上位のアプリケーションや標準的なアルゴリズムのレイヤーは、競争が急激に激化していく予感がありました。

その点、CCの領域は、高度な数学的背景やハードウェアレベルのセキュリティ構造へのアプローチが必要であり、参入障壁が非常に高い。ここまで到達できる開発環境は稀です。事業的にも個人のキャリア戦略としても「ここはなかなかない機会だ」と直感しました。

ー 選考や入社後の過程で、Acompanyの「人」やカルチャーに関して特に印象深かったことはありますか?

加藤:面談で話した中で、元上司である牧野さんの存在が強く印象に残っています。牧野さんは一言で言うと「自分に対して課しているハードルや基準値が極めて高い人」なんです。妥協なく技術や思考を突き詰めるがゆえに悩み、それを乗り越えようと自己啓発書だけでなく仏教の教えまで勉強して自己と向き合おうとしていた。その高いプロフェッショナリズムと、弱点も含めてさらけ出せる人間味のバランスに惹かれました。「この人のような姿勢を持つエンジニアと一緒なら、お互いを高め合いながら働けそうだ」と感じたのを覚えています。

Acompanyには、技術に対して真摯に向き合い、妥協を許さない姿勢を自分に向けつつも、他人に対しては過剰に押し付けず受け入れる懐の深さがあります。こうしたカルチャーは、自分自身の探求心や価値観とも強く共鳴するものでした。

ー 入社からの4年間で、担当される業務はどのように変化していったのでしょうか?

加藤:入社当初の1〜2年は、実はTEE(Trusted Execution Environment)ではなく、プライバシーテック全般の幅広い技術調査や要素技術の開発を担当していました。例えば、準同型暗号や -匿名化(-anonymity)といった暗号理論・統計的匿名化技術に関する包括的なサーベイ資料を作成したり、元データと同じ統計的特徴を持つデータを生成する「合成データ(Synthetic Data)」ライブラリの設計・実装を行っていました。

そこからここ1年ほどで、一気にTEE領域へのシフトが進みました。きっかけは「TEEを活用したデータクリーンルーム(DCR)」のプロダクト構想です。当時は社内でもTEEに対する解像度がまだ低く、「Azure Confidential VMsやConfidential Containerはどこまで実用的なのか?」といった検証すら手探りの状態でした。その中で、Intel SGXを用いたプロトタイプ開発をスタートさせ、実際に手を動かしながらハードウェア隔離空間の可能性と制約を検証していきました。

実証からプロダクト開発まで幅広く取り組む

ーこれまで手掛けた開発の中で、特に技術的難易度が高く思い出に残っている実装は何ですか?

加藤:一番印象に残っているのは、現在「CAS(Confidential AI Suite)」と呼ばれているプロダクトの、最初期のプロトタイプ実装を手掛けたことです。このシステムは、LLMに投入されるプロンプトなどのデータを安全に処理するためのものです。ユーザーから送信されたテキスト内の機密情報を特定してマスキングを施し、適切なハッシュ値を付与して外部LLMへ連携する処理を、ハードウェアレベルで保護された環境(Enclave)内部で完結させます。

最も苦戦したのは、分散する複数のコンポーネントが異なる不信任環境上で動作する中で、相互にRemote Attestationを厳密に成立させるアーキテクチャの構築でした。Intel SGXでは、Enclaveの状態を示す測定値などを含むレポートを生成し、それをもとに署名付きのAttestation証明を作成できます。「なぜこの仕組みによって、意図したプログラムが正しいSGX環境上で動いていると信頼できるのか」を理解するため、論文や仕様書を読み込みながら実装を進めました。この開発を通じて、TEEが担保する信頼の構造を理解することができました。

ー 単なるプロトタイプにとどまらず、プロダクトチームと共に商用化まで駆け抜けて、いかがでしたか?

加藤:現在のCASの初期プロトタイプを実装したことや、プロダクトチームと一緒に短期間で集中してデータクリーンルーム(DCR)の製品化までを経験できたのは本当に嬉しかったです。ただし、単に「動作するコードを書く」ことと「商用利用に耐えうるプロダクトにする」ことの間には巨大な隔たりがありました。SGX特有のメモリ容量制限(EPC)や、システムコールに伴うオーバーヘッドなど、泥臭い制約を回避する設計にはかなりのエネルギーを費やしました。

AcompanyのR&Dエンジニアは、論文を読むだけのリサーチ(R)に留まらず、プロダクトチームと協働して製品レベルのコードを書き上げる開発(D)までを一貫して手掛けます。技術の探求とビジネス実装の両輪を回せたことは、エンジニアとして大きな糧になっています。

TrustZone、カーネル、ハードウェア境界の開発は「おもちゃを分解する楽しさ」に似ている

ー 現在は「CC Lab」にて、さらに低いレイヤーの研究開発に注力されているそうですね。具体的にはどのような領域を探求しているのでしょうか?

加藤:最近はリサーチの比重を高め、Intel SGXやCVM(Confidential VM)だけでなく、ARMアーキテクチャのセキュリティ拡張機能である「ARM TrustZone」などを実際に触っています。前職までのアプリケーションレイヤー開発では意識すらすることがなかった、以下のような「コンピューティングの根本」に迫るレイヤーです。

  • Linux Kernel internalsとIMA: Linuxカーネル内部の動作メカニズムや、ファイルなどの整合性を計測・検証するIMA(Integrity Measurement Architecture)。
  • ブートチェーン(Boot Chain): 電源投入からセキュアOSおよび通常OSが起動するまでの信頼の連鎖(Secure Boot / Trusted Boot)。
  • CPU内部構造とメモリの挙動: CPUの内部状態、L1/L2/L3キャッシュの動き、CPUと物理メモリ間のデータ転送挙動。

ー 抽象化された高レイヤーから離れ、ハードウェアやカーネルの境界へダイブする面白さはどこにありますか?

加藤:一言で表すなら「おもちゃを分解する楽しさ」です。「これってなぜこう動いているんだろう?」という構造や原理を突き詰めていくのが、自分の性分としてとにかく好きなんです。「コンピュータの場合、極限まで仕組みを分解するとどうなっているのか?」を追究していくと、最終的にはカーネルやCPUハードウェアに必ず突き当たります。

フレームワークや外部ライブラリを組み合わせるだけの開発と比べ、低レイヤーに触れている時は「自分は今、まさにパソコン(コンピュータ)という機械そのものを直接触っている」というダイレクトな手触り感があります。この原理原則に触れる感覚こそが、僕にとっての開発の醍醐味です。

ー 今後、加藤さんがAcompanyで挑戦しようとしている新しい研究・開発の展望について教えてください。

加藤:現在ロードマップとして取り組もうとしている最もエキサイティングなテーマは、「リアルタイムシステムとTEEの融合・両立」です。これまでのTEEは、主にクラウド上のバッチ処理やWebサービスなど、レスポンスに一定の遅延が許容される環境で利用されてきました。しかし、ロボティクス、自動運転、エッジAIといった分野では、マイクロ秒〜ミリ秒単位での厳格な「決定論的リアルタイム性(Deterministic Real-time Constraints)」が求められます。

TEE特有の暗号化オーバーヘッドやコンテキストスイッチの遅延を抑えつつ、いかにしてタスクスケジューリングのデッドラインを死守するか。世界的にも未だ決定的な手法が確立されていない領域ですが、論文の精読と概念検証を重ね、腰を据えて解決策を導き出したいと考えています。

ー AcompanyのR&D環境と、これまでの4年間を振り返ってみていかがですか?

加藤:入社前は「TEEは先駆者である櫻井さんがメインで担当する領域だろう」と思っていたのですが、いざ自分も潜り込んでみると、これまでに経験したどんな技術よりも没頭できる世界でした。社内に櫻井さんという圧倒的な技術的参照軸が存在してくれる安心感も大きいです。

低レイヤーゆえの泥臭い壁には日常的に直面しますが、それを遥かに上回る「解き明かす面白さ」があります。4年前の自分に言葉をかけられるなら、「迷わずTEEの領域に飛び込め。ここにはエンジニアとして一番刺激的な挑戦が待っているぞ」と胸を張って伝えたいですね。

Ryo Tatsuishi のプロフィール画像

WRITER

Ryo Tatsuishi

Acompany / Senior Talent Aquisition

会社全体の組織づくり、採用を担当

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