Confidential Computingのマーケットを切り拓く ──プロダクト化への挑戦
公開日:2026.05.01
※この記事は『2025年5月21日』に公開した内容をもとに掲載しています。
はじめに
こんにちは、Acompany 執行役員プロダクトCTOの 田中 来樹です。
Acompanyは2025年5月、シリーズBラウンドにて11億円の資金調達を発表しました。
この資金調達は、単に事業拡大のためだけではなく、Confidential Computing(CC)という領域でグローバルで勝っていくための大きな技術投資を行い、未成熟なマーケットそのものを自らの手で切り拓いていくという強い決意の表れでもあります。
「なぜ今この領域に挑むのか」「なぜAcompanyがやれるのか」を、私自身の視点からお伝えします。今回は特に、研究開発の成果をいかに社会実装していくか、つまり「プロダクト化」という観点で、Acompanyの挑戦についてお話しします。
なぜ今、Confidential Computing なのか
Confidential Computing市場は、2023年の約1兆円から2032年には約50兆円にまで拡大すると予測されています。これは同時期のクラウドコンピューティング市場全体の15%を占める規模です。

この爆発的な成長の背景には、大きく3つの理由があります。
プライバシーとセキュリティへの社会的要請
データ漏洩やプライバシー侵害に対する懸念が高まり、より強固なデータ保護技術への需要が急増しています。従来の暗号化技術は保存データや通信データを守るものでしたが、処理中のデータを保護するTEE技術は、この「最後の砦」を守るものとして注目を集めています。
テクノロジー業界のビッグプレイヤーの動向
主要テック企業が次々とTEE技術を採用し始めています。
- NVIDIA: GPUでのTEEサポートを発表
- Apple: 2024年6月の「WWDC」でApple IntelligenceにTEEの利用を公表
- Google: 2024年7月にLLM(大規模言語モデル)にTEEを適用した方式を発表
- Meta: 2025年4月、WhatsApp上でAI機能をプライバシー保護しながら利用可能にする「Private Processing」でTEEの利用を公表
生成AIの台頭とプライバシー保護の両立
生成AIの爆発的な普及により、高度な分析や創造的なタスクが可能になる一方で、機密データをAIに安全に処理させるニーズが高まっています。TEEはこの「AIの利便性」と「データプライバシー」を両立させる鍵となる技術です。
この急成長市場がまさに拓かれようとしている絶好のタイミングにおいて、Acompanyは Confidential Computing領域で世界的にも最先端の技術力と商用事例を有しており、グローバルの最前線で戦えるアセットを持っています。そして、これらの強みを活かして市場を開拓していくための重要な要素が「プロダクト化」です。
なぜ、Acompanyがプロダクト化をリードできるのか
基盤技術の保有
Acompanyでは、IntelやNVIDIAをはじめとするグローバル企業や学術研究機関と連携しながら、共同研究や技術開発を進めてきました。この協力体制を通じて獲得した先進的なコア技術と商用事例により蓄積したノウハウを活かし、Confidential Computing技術の社会実装のハードルを大幅に下げることに成功しています。
特筆すべきは、一般の開発者でもTEEアプリケーションを簡単に開発できる環境を実現し、開発効率を飛躍的に向上させる基盤技術を確立したことです。これにより、弊社内での実績値として、数百~数千倍オーダーでの開発工数短縮を実現しています。
この基盤技術で利用している一部の仕組みは論文としても公開されており、学術的な裏付けを持ちながら、すでにデータコラボレーションソリューション『AutoPrivacy DataCleanRoom』や機密データの生成AI活用ソリューション『AutoPrivacy AI CleanRoom』といった実用プロダクトにも活用されています。
-Acompany、ハードウェア型秘密計算(Confidential Computing)を牽引するグローバルリーダー インテル社の研究者と共著論文を公開
こういったConfidential Computingを活用したアプリケーションを量産可能にする基盤技術こそが、Acompanyの大きな優位性となっています。
複合的な専門知識の結集
Confidential Computing領域を社会実装するには、ハードウェアセキュリティと暗号技術、チップベンダー固有の技術仕様、法的・規制対応など、複数の専門分野にまたがる深い知識が必要です。
私たちは2018年の創業当初から一貫してブロックチェーン、秘密計算、PETsなどの暗号技術を軸に事業を展開してきました。その過程で培ったノウハウと、世界で戦える圧倒的な専門性を持つ多様なバックグラウンドのチームが、Acompanyの強みとなっています。
私たちのチームには、秘密計算領域の第一人者として15年の経験を持ち「秘密計算研究会」を設立した専門家や、TEE技術の研究でIPA未踏スーパークリエイターに選出されたハードウェア秘密計算の国内トップ技術者、イリノイ大学の卓越博士学生としてトップカンファレンスに複数の論文が採択された世界トップクラスの研究者などが在籍しています。さらに、スタートアップCTO経験者、暗号・数学のPh.D保持者、競技プログラミングのアジア大会出場者、大手外資IT・メガベンチャー出身者、個人情報保護法に精通したインハウス弁護士、法科大学院出身の法務R&Dなど、多彩な専門家が協働しています。
このような複合的な専門知識を持つチームがあるからこそ、Acompanyは高度な技術を社会実装するための様々な課題を乗り越えることができるのです。
TEE技術の理解と多様なアプローチ
Confidential Computing技術の核となるTEEには、さまざまな実装アプローチがあります。私たちはこれらの特性を深く理解し、ユースケースに応じた最適なソリューションを提供しています。
- 部分隔離型TEE(Intel SGX、ARM TrustZone、RISC-V KeyStone)
- メモリ上の特定区画のみを隔離・保護
- より厳しい脅威モデルに対応可能
- 信頼境界が小さく安全性が高い
- 技術によっては使用可能なメモリが制限されるなどの厳しい制約がある(旧世代のIntel SGXは約96MB)
- 開発難易度が非常に高い(一例:412行のコードが3,523行に膨れ上がった例も)
- 全体保護型TEE(AMD SEV、Intel TDX)
- メモリやVMを丸ごと保護
- リソース制限や設計思想の変更が基本的には不要
- 従来の開発手法が適用可能で開発者負担が比較的軽い(商用利用においては一定の専門知識は必要)
- 実用上はCSPの提供するOSやコードを無条件に信頼する必要がある場合もあり、厳密な脅威モデルには対応困難
これらの異なるアプローチに精通していることで、顧客の具体的なセキュリティ要件や運用環境に合わせて、最適なソリューションを柔軟に提案・実装できることが、私たちの強みのひとつとなっています。
技術基盤の確立、専門知識を持つ人材の結集、多様なTEE技術への対応——これらがAcompanyの競争力の源泉であり、Confidential Computingの社会実装をリードできる理由です。
しかし、これらの強みを活かして実際に社会実装を進めていくには、プロダクト化の過程で直面する様々な課題を解決していく必要があります。
プロダクト化において直面する課題と解決策
研究開発とプロダクト開発の連携
研究開発とプロダクト開発は、それぞれ異なる目的と方法論を持っています。
- 研究開発チーム: 特定領域のリサーチ、理論構築、実現可能性検証、技術シーズ化を担当
- プロダクト開発チーム: 技術シーズを含む様々な技術を活用し、顧客の具体的課題を解決する商用プロダクトを構築
技術シーズからプロダクトへの変換の難しさ
技術シーズをプロダクト化する過程には独自の課題があります。
- プロトタイプと製品の違い: 研究段階のプロトタイプは技術的実現可能性の検証に特化しており、顧客に選ばれる水準に品質やユーザビリティを洗練させていく必要があります。
- 専門知識の壁: コアロジック開発に必要な専門知識と、プロダクション品質のエンジニアリングに必要なスキルセットは大きく異なります。
私たちは、この課題を解決するために、研究開発チームとプロダクト開発チームの適切な境界設計と、フェーズに応じたインタラクションを重視しています。
具体的には、チームトポロジーの考え方を取り入れ、各チームを4つのチームタイプに当てはめて現状を整理しつつ適切な認知負荷になるような最適な境界を引き、フェーズに応じてインタラクションモードを切り替え、適切なインタフェースを決めて行くようなサイクルを回しています。
-チームトポロジー 価値あるソフトウェアをすばやく届ける適応型組織設計
こうした組織的アプローチの詳細については、また別の機会に詳しくご紹介できればと思います。
使いやすさの向上
現状のTEEエコシステムは技術的には実用レベルに達しているものの、専門知識がなければ活用が難しく、一般開発者にとっての障壁が高いままです。
Acompanyでは、セキュリティを損なわずに利便性を向上させるための機能拡張を積極的に進めています。
- 多様なランタイム対応: Python以外の言語・実行環境への対応拡大
- クラウドアーキテクチャの拡張: PaaS/CaaSモデルへの対応
- マネージドサービス化: 運用負荷の軽減とスケーラビリティの向上
- TEE特有のプロトコル対応の簡素化: 開発者体験の向上
これらの取り組みを通じて、TEE技術を「専門家だけのもの」から「誰もが活用できるもの」へと変革していきます。
Acompanyで挑戦する魅力
Acompanyで働くプロダクト開発者にとって最大の魅力は、技術領域の幅広さと深さにあります。
技術スタックの広がり
TEEは安全な処理環境を提供する基盤技術であり、その上にアプリケーションを構築することで初めて実用的な価値が生まれます。Acompanyでは、TEEの安全かつ効率的なプロビジョニングから、アプリケーションの簡単なデプロイを可能にする基盤、加えてその上で動作する実用アプリケーションまで、すべてを一貫して自社で設計・開発しています。
開発の現場では、Intel SGXやAMD SEVといったハードウェアセキュリティ技術を扱う低レイヤーの実装から始まり、TEEのリモートアテステーションプロトコルの実装、秘匿化されたメモリ上での大規模データ処理ロジックの構築まで手がけます。さらに、Webフロントエンドの開発やAIモデルの安全なデプロイメントまで、幅広い技術領域をカバーしています。
例えば、SGXのECALL/OCALLによる安全なメモリ転送やEnclave内での暗号化処理、Library OSのGramineプロジェクトへの貢献やTEEのライフサイクル管理など、通常のアプリケーション開発では触れることのない領域にも挑戦できるのが特徴です。もちろん、ReactやPythonエコシステムを活用したモダンなUI/UX設計やWebアプリケーション開発、大規模言語モデルとの連携などのWeb開発も行っています。
インフラ面では、Confidential Computing環境特有の制約を考慮したKubernetes統合という先端的な課題にも取り組んでいます。具体的には、SGXのEPC制限などのリソース制約を考慮したカスタムスケジューリングの設計や、メモリ暗号化によるパフォーマンス影響を最小化するPod配置の最適化、SGX、SEV、TDXなどの異なるTEE技術をシームレスに扱うためのCustom Resource Definition設計や、各種アテステーションプロトコルへの対応など、クラウドネイティブなスタックを用いたConfidential Computing利用に向けた基盤技術の開発も行っています。
このように、Acompanyではハードウェアの深層から最新のクラウド技術、そしてエンドユーザー向けのアプリケーション開発まで、技術スタック全体を縦横に探求できる環境があります。幅広い技術に触れながら成長したいエンジニアにとって、他にはない魅力的な挑戦の場となっています。
Trust. Data. AI. — Acompanyが描く未来
TEEは、AI時代におけるプライバシー保護の新しい標準になりつつあります。かつて通信の暗号化(HTTPS)が当たり前になったように、処理の暗号化(TEE)が当たり前になる世界が目前に迫っています。
Acompanyは「Trust. Data. AI. あらゆるデータとAI活用に、信頼を。」というビジョンの下、信頼できる形でデータとAIを活用する未来の実現に取り組んでいます。私たちは、秘密計算を中心としたセキュリティ技術と、プライバシーおよびAIガバナンスの専門性を活かし、世界中のあらゆるデータとAI活用を支えることを使命としています。
安心と信頼のもと、データとAIをつなぎ、誰もがデータの恩恵を受けられる社会の実現に向けて、私たちは日々技術を磨いています。
まとめ
「なぜ今、Confidential Computingなのか」「なぜAcompanyがプロダクト化をリードできるのか」という問いに対する答えを、プロダクト開発の視点からお伝えしてきました。
Confidential Computing市場は急速に拡大しており、大手テック企業も次々と参入する中、Acompanyは世界クラスの専門性を持つチーム、独自の基盤技術、そして研究開発とプロダクト開発を架橋する組織的アプローチを強みとして、この分野でのリーダーシップを確立しつつあります。
私たちが目指すのは、「プロダクト化」の壁を乗り越え、Confidential Computingを実用的で誰もが利用できる技術として社会に浸透させることです。Acompanyが掲げる「Trust. Data. AI. あらゆるデータとAI活用に、信頼を。」のビジョンの下、研究開発の成果をプロダクト化を通して実際に使える価値として世の中に届けるための挑戦は、まだ始まったばかりです。このシリーズBでの資金調達を機に、より一層社会実装を加速させ、データとAIを安心して活用できる未来の創造に貢献していきます。
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